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富士山宝永噴火で埋没の集落か 焼けた家屋の柱発見 小山町須走

07/08/2020 …… symptoms / signs

富士山宝永噴火で埋没の集落か 焼けた家屋の柱発見 小山町須走

『静岡新聞』Web版
1707年、富士山の宝永噴火で壊滅した須走村(現静岡県小山町)の家屋の一部が、小山町と考古学者・火山学者らの研究チームによって発見。2mほどの深さから柱や壁、屋根の一部がみつかり、黒く焦げていたことから、高温の軽石などが降り注ぎ燃えた可能性が高いと推測されている。


【所感】上記須走村を含む御厨地方の被害をめぐっては、当時、被災村落を巡見した小田原藩江戸藩邸の柳田九左衛門が、必要な手当も施さずに「亡所もやむなし」との判断を下し、農民たちの怒りを買って解任を余儀なくされたとの記録がある。この国の棄民政策は現在も変わらないが、それを覆すような人びとの力は衰えてしまったのだろうか。(北條)

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